上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006.07.16 Celtic Pride
みなさん、こんにちは。
今日は僕の好きなチーム、ボストン・セルティックスについて語っちゃいます。こういった形で強引に書かないと永遠に話題にのぼらないと思いまして…。。
なぜセルティックス??と思う人も多いのでは。理由は小学3年の冬から中学2年の夏までボストンに住んでたからです。まあそんな単純かつ明確な理由です。チームロゴも渋いですよね。というかへんてこなおっさんですもんね。。
セルティックスは知る人ぞ知る(NBAファンならみんな知ってるか)歴代優勝回数トップを誇る伝統あるチームなんです。レイカーズより上です。とはいえ、最後の優勝は現在からさかのぼる事20年!1985‐86シーズンを最後に栄冠から遠ざかってます。まだラリー・バードが活躍してた頃ですね。
NBAの歴史を語る上ではセルティックスは欠かせないチームなのです。1958-59から1965-66シーズンまでの8連覇は破られることのない記録でしょう。ビル・ラッセル(鉄壁の守備と名リバウンダーとして有名な選手)はプロ13年のキャリアで11度の優勝をセルティックスで成し遂げている。(両手使ってもチャンピオンリングが余る!!) 試合で勝利がほぼ手中に入るとパイプをくわえてふかしだす名将アーノルド・“レッド"・アワーバック監督、初期のPGの理想像ボブ・クージーなどなど。とにかく伝説揃いのチームだったんですね。(セルティックスは永久欠番が多すぎ)
その後も70年代、80年代と5年の間隔を空けずに度々優勝を飾っていきます。中でも80年代は西のレイカーズ、東のセルティックス、マジック対バードといった一つの時代を作り上げたほどのチームであり続けました。
ところが、90年代に入ると、バードの引退、チームの顔だったレジー・ルイスの突然死(86年にも大学でスター選手だったレン・バイアスが突然死。ドラフト全体2位で指名された2日後だった。彼が期待通りの活躍をしていればバードの引退も数年延びていただろう。)といった悲劇もあり、長く低迷を続けることになります。僕がボストンにいた頃もかなり弱くて、何度か試合を観にいきましたが、当時のエースはクロアチア出身のディーノ・ラッジャというなんとも地味なチームでした(涙)。しかもプレーオフ出るか出ないかの微妙なラインを終始さまよい、結局プレーオフを逃した上、翌年のドラフトでも上位指名をできずといった沈滞ムードあふれる感じでした。
それでも10年くらいを費やしてなんとかチームの再建を図り、4年前、ポール・ピアース、アントワン・ウォーカーの2枚看板の活躍でカンファレンス・ファイナルまで進んだ時はそりゃもう必死で応援しました。その後、ウォーカーを手放し現在(プレーオフ圏外)に至るのですが、今でも毎年少しの期待を抱きつつ応援してます。
長くなりましたが、これでも短くまとめた方です。個人的に今セルティックスに一番必要だと感じるのは、若手を長い目で見て育てていく事と、リバウンドの取れるビッグマンといったところでしょうか。(フロントの奴ら次々と将来有望な若手をあっさりトレードで出しちまう(怒)!しかもオマケ的な扱いで。)ここらへんをなんとかしてくれれば近い将来…いや、10年後くらいにはいいチームになってくれるのではないでしょうか。「王朝」といえばセルティックス「緑」といえばセルティックスと言われた時代がいつの日かまた来ることを夢見て、セルティックスファンは応援し続けるのです!

p.s.今年のセルティックスは大物ベテラン選手を獲りに積極的に動いているそうです。アイバーソンやら他の大物やらと話を進めてるとのこと。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://the5thseason.blog65.fc2.com/tb.php/19-c79e79e0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。