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ジダンがW杯の決勝戦で起こしたマテラッツィへの頭突きを謝罪し、ことに至るまでの詳細を初めて公の場で発表しましたね。ジダンの話によると、マテラッツィはジダンの母と姉について非常に厳しい言葉を使ったそうです。それも1度や2度でなく3度も。そしてその度重なる発言にジダンは熱くなり、頭突きをかましたという流れになりますね。マテラッツィの発言と多少矛盾点はありましたが、おそらくまあこれが真実なのではないかと思います。マテラッツィからすればジダンに何か特別な感情を抱いて厳しい言葉をかけたわけでもなく、いつもの試合中の挑発的な発言の一つだったに過ぎないかもしれませんが。
しかし、今日本や世界中ではジダンへの同情的な立場に立っている人が多いのでは。何を隠そう私もその中の一人であります。しかしジダンのとった行動に対しては決して賛成したり、肯定的な見方をし、安に正当化させたりしてはいけないと思います。(もちろんそんなことはないでしょうが。) ただ今回のこの騒動をどこまで広げることができるか。この騒動で表面化した問題をどこまで追及することができるかにもっと注目すべきだと感じます。
というのも、この問題は先日書いたサッカーの「暗い、汚い」面の中に「人種差別問題」に深く関わっていることだと思うからであります。今回のW杯のスローガンも「A Time To Make Friends」(今友達を作るとき)、そして決勝Tへ入ってからは各国のキャプテンが試合前に「No Racism」(差別をやめよう)と宣誓をしていました。それもこれも現代のサッカー界に差別問題が根強く存在しているからです。試合中、試合以外の場の選手達、サッカー関係者によって差別発言などが四六時中されている事実があるからこそそういった宣誓が必要だったのです。今回の騒動にもそういった差別的な発言があったのは言うまでもないです。
FIFAは今回の問題を詳しく調査すると言っています。そしてもし差別的発言があったならばマテラッツィにも然るべき処分を取らせるそうです。では処分したらそこで終わりでいいのでしょうか。処分に値する発言をしてきた選手は当然他にもたくさんいるでしょう。FIFAはもっとこの問題を大きく(そして言い方は悪いですがうまく使い)取り上げるべきです。つまりただの一人の選手の退場劇に対する処置としてではなく、もっと現代のサッカー界の根底にある問題に関しても処置を取っていかなくてはいけないと感じます
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